• 第1章
    - 創業、そして徹夜の行列 -

    1976年12月14日、ジェイ・エス・ビーの前身、京都学生情報センターは誕生した。従業員わずか4名の小さな不動産屋さん。しかも、学生限定の仲介業は、一般向け物件を取り扱わない、入学シーズンだけの季節限定ビジネス。年間で安定収益を得るために始めたのが、学生向け物件の建物管理だった。学生の街・京都に同業者はあったものの、仲介と建物管理加え学生に特化した企画・開発をトータルに手がけたのは(株)京都学生情報センターだけ。学生専業の強みは反響に表れた。
    それは「予約会」。退室予測から早期に翌春の入居者を募り始める予約会には、入居希望者が殺到し、学生が徹夜で行列を作る盛況ぶり。行列騒ぎはマスコミにも取り上げられ、学生マンションという言葉とともに知名度を一気に上昇させた。
    学生は春先にしか部屋を探さない。業界の常識を覆す逆転の発想は、創業以前から実践され、今に受け継がれている。

  • 第2章
    - 1986 年の転機 -

    高度経済成長に伴う進学率の上昇と学生数の増加などを背景に、全国の大学の郊外移転が相次いでおり、京都市上京区にあった同志社大学もまた例外ではなかった。多くの学生を抱えていた関西屈指のマンモス校・同志社大学の移転先は、京都府綴喜郡田辺町。もともと農地と山林が占めるこの地は、大阪や京都のベッドタウンとして開発が進み、人口が急速に増え始めていた。当然、住宅は供給不足。
    (株)京都学生情報センターは、地元建設会社と連携し、学生専用マンション約900室を2年間で供給。京田辺市に同志社駅前店(現・京田辺同志社前店)も開設した。家賃は、下宿相場の倍程度ではあったが、建てれば即満室の盛況ぶり。「大規模で下宿率の高い大学であれば、一大学対象でもビジネスになる」と証明し、後の全国展開の足がかりとなる。

  • 第3章
    - 学生下宿年鑑、創刊 -

    (株)京都学生情報センターの設立から9年後の1985年。急激な経済回復の兆しが見られたこの年、プロモーションツール「学生下宿年鑑」を創刊した。現在は、書店販売される全国版、全国ダイジェスト版、各地区版など多岐にわたるが、創刊号は京都版のみ。物件概要、間取り図、所在地がB5サイズに白黒印刷されたシンプルなものだった。
    翌年の1986年からカラーページを搭載し、マンションオーナー様の写真やコメントを掲載するなど工夫を凝らし、読者が親近感を抱かせる誌面の充実を目指した。さらに、物件情報だけでなく、「当世下宿生徹底解剖」や「大学生・予備校生・高校生500人に聞きました」(生活実態調査)、「大学生必見!おもしろ便利グッズ」などを掲載し、当時の住宅情報誌では例を見ない編集手法が取り入れられた。

  • 第4章
    - 学生下宿年鑑、進化 -

    「学生下宿年鑑」は、さらなる刷新を重ねていく。1989年には、(株)東学(現・(株)ジェイ・エス・ビー・ネットワーク)の設立を機に、待望の全国版が登場。掲載物件数は、東京・名古屋・京阪地区の約480棟を数えた。1992年から全国版は定期刊行物として書店販売を開始し、現在の基盤となった。
    そして、時代がIT化へと急速に向かう2004年にお部屋検索サイト「LIFE NAVI」と連動したCD-ROM版が誕生し、2005年からは「ユニライフコード」を導入。WEBサイト・携帯電話サイトからの物件検索や資料請求ができるように。「学生下宿年鑑」は、時代の変化と共に形を変えていった。近年では、年間約170万部を発行し、本体版は1994年から「国立国会図書館」に所蔵される定期刊行書籍にまで進化した。

  • 第5章
    - ジェイ・エス・ビーの産声 -

    創業以来、学生の街・京都を中心に不動産仲介業と建物管理業を営んできた(株)京都学生情報センター。「創業時からのノウハウを活かし、全国の学生のお部屋探しをサポートしたい」という想いから、1988年には(株)大阪学生情報センターと(株)第一都市計画を、1989年には(株)東学を設立した。1990年には、(株)京都学生情報センターからの営業譲渡を受け、『(株)ジェイ・エス・ビー』として新たな産声をあげた。
    その名は、学生・保護者・学校関係者をはじめ「社会から信頼される誠実な企業でありたい」という想いが込められ、Japan Students Bureau(ジャパン・スチューデンツ・ビューロー)の頭文字を使って名づけられたもの。京都から日本全国へ。(株)ジェイ・エス・ビーの道は、ここから始まった。

  • 第6章
    - 広がるパートナーシップ -

    1990年代初頭、(株)ジェイ・エス・ビーは、バブル崩壊という時代の逆境をものともせず、新しいパートナーを得てさらなる成長を遂げていく。それは、関西屈指のマンモス校・立命館大学の滋賀県草津市へのキャンパス移転。予定地周辺の住宅事情から学生の住まい探しは非常に困難だと想定された中、「立命館大学の移転準備をぜひ手伝ってほしい」という大学生協京都事業連合との業務提携が持ち上がったのだ。
    学生からの圧倒的な信頼を集める大学生協とパートナーシップを結び、初年度に約1,500室の供給を実現し、草津エリアでの成功を成し遂げた。その噂は全国へと広がり、1993年以降、全国8つの大学生協事業連合と業務提携。学生マンション事業の基盤をさらに広げた。

  • 第7章
    - 若者を育てよう -

    1997年、創業20周年記念事業の一環として第1回「ジェイ・エス・ビーグループチャリティクラシックコンサート」を開催。ドイツから演奏者を招き、大きな節目に花を添えた。翌年以降もクラシック音楽の本場・ヨーロッパから第一線で活躍する演奏者を招聘。2001年には「新世紀記念」と銘打って、次世代を代表する天才ヴァイオリニストのソフィー・モーザー(当時16歳)を迎え、全国5都市を回るツアーを敢行し、多くのマスコミにも取り上げられた。
    「健全な若者の育成と、魅力溢れる社会の実現に貢献する」との経営理念を掲げ、海外の一流芸術やアーティストとのふれあい、子供たちの情操教育や異文化交流の場の提供、チャリティイベントの開催などを通して、文化・芸術の啓蒙に寄与し、若者たちの夢や希望を今も育み続けている。

  • 第8章
    - 想いをつなぐ、次々と -

    学生マンション専業としてシェアを着実に拡大しつづけてきた中で、マンションに入居された学生がより有意義な学生生活を送り、そして、社会に巣立つための就職活動や就職後の住まい探しをサポートするため、2002年に(株)OVO を設立。(株)OVOは、学生という社会人のたまごが社会に巣立つまでを支援し、オーヴォ=応募からあらゆる企業・社会の人材ニーズに応えるための就職活動を全面的にサポートし、学生たちの応援を目指した。
    学生と社会の明日に貢献する企業であるために、(株)ジェイ・エス・ビーは、不動産業からサービス業を目指への新たな歩みを刻み始めた。

  • 第9章
    - その名は、Grand E'terna -

    時代のニーズを先取りした学生マンションの企画開発を手がけ、2003年には、未来のスタンダードをテーマにした学生・単身者向けのハイクオリティ賃貸マンションシリーズ『Grand E'terna』を発表。第一弾として「Grand E'terna 京都」を竣工した。近年、学生の住まいに対するニーズが高まる中、“学生に安全で良好な就学環境を提供することが私どもの使命”とする揺るぎない信念を貫き、試行錯誤が重ねられた。
    誕生して以来、全国各地に竣工。高級ホテルのような落ち着きあるエントランスをはじめ、常識を覆すハイクオリティな仕上がりを見せた。環境・健康・福祉に配慮した住空間の提供を目指し、未来のニーズを先取りする物件開発が今も行われている。

  • 第10章
    - UniLife という約束 -

    2004年コーポレートブランド『UniLife(ユニライフ)』を制定。新ブランドの展開・浸透によるお客様への一層のサービス向上、新規開拓営業への幕が上げられた。それは運営・管理戸数の増加を目指し、お客様や社会の信頼を勝ち取るため、今後の長期的な戦略を考える中で生まれたものである。掲げられたその名には、「University Life=大学生活を支える」という思いと、「Universe=調和のとれた暮らしを創造する」という意味が込められていた。店舗デザインも一新され、明るく活力を感じさせるものに。
    学生マンションという住まいの供給から、学生生活全般にわたるサービスの提供へ。大学生活を広い視点でサポートできる総合プロデュース企業としての道のりが始まったのである。

  • 第11章
    - 若き才能のサポーター -

    2005年には、京都デザイナーズウィーク公式イベント「学生住空間コンペティション 2005」に共催。「若者の理想の住空間」をテーマに応募して選ばれた最優秀賞作品を実際に学生マンションに採用した。2006年には、「建築デザインコンペティション」の開催や、京都・ロサンゼルス・パリにアートギャラリー「Gallery Grand E'terna」を同時オープンさせた。環境省推進「チーム・マイナス 6%」への参加も開始し、ユニライフグリーン募金の実施など、環境に対する積極的な活動を展開した。
    美しい地球と若い才能。無限の可能性を守り育むサポーターとして、その姿勢をカタチにしつづけている。

  • 第12章
    - 南千里丘のまちづくり -

    2007年、摂津市役所講堂で「南千里丘まちづくり」の地球温暖化対策モデル地区に関する覚書を締結する共同記者会見が実施された。握手を交わしたのは、摂津市・森山市長、阪急電鉄(株)・角社長、そして、(株)ジェイ・エス・ビー・岡社長(当時)だった。「持続可能な低炭素型社会の実現」をテーマに掲げ、阪急「摂津市」駅前の6.8haに及ぶ土地開発を進められるこの事業は、産・官・学・市民が連携・交流し、環境配慮型都市のモデルづくりを目指す(株)ジェイ・エス・ビー発案の一大プロジェクト。
    民間活力主導で行政と取り組む日本初の画期的な試みでもあった。独自の地球温室効果ガス排出権削減クレジット制度の導入をはじめ、環境活動の実践などを視 野に入れ、2010年に本格的なまちづくりのスタートが切られた。

  • 第13章
    - グローバル・コラボレーション -

    社会での活躍を目指す学生にとって自身のグローバル化を迫られる状況下、「世界とのコラボレーション」をテーマに掲げる拓殖大学の八王子キャンパス内・国際学生寮「カレッジハウス扶桑」。その竣工事業では、企画・設計段階から学生寮・留学生寮運営の実績と培ったノウハウを活かして参画した。
    その規模は、寮棟4棟・4階建400戸。ハイクオリティ&ホテルライクな装いを創出する一方で、ECOキャンパスへの取組みの推進に配慮し、屋上に太陽光パネルを設置して発電電力を共用部に使用する他、LED照明や人感センサー照明、外構緑化、住戸内の省エネ仕様の数々などを導入。グローバル化に貢献する拓殖大学とのコラボレーションを成し遂げた。以来、全国の大学学生寮の管理も手掛けている。

  • 第14章
    - 共に生きる -

    2020年までに日本政府が求めているその数、およそ6万戸。増加する高齢者に向けた住宅供給が現代社会の急務とされる中、(株)ジェイ・エス・ビーは、さらなる社会貢献を目指し、高齢者住宅事業を2011年より開始した。社会貢献活動はもちろん、社会貢献事業を進めることは重要なテーマであり使命。そして、“学生マンション” という教育と、“高齢者住宅” という福祉の両輪で、安心・安全・快適を追求してきたジェイ・エス・ビーグループの新たな歴史を切り拓いていく。

    学生マンション事業から、共生創造企業へ
    ジェイ・エス・ビーグループの物語はつづいていく

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